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2026/08/30
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大宮一番街商店街

大宮駅東口にあるアーケード商店街さいたま市大宮区、JR大宮駅東口の一番街商店街は、アーケードのある商店街です。古くから続いてきた雰囲気を残しながら、現在は飲食店を中心にさまざまな店が並んでいます。入力された印象をたどると、昭和の空気を感じさせるつくりや、地方都市ならシャッター街になっていてもおかしくないような古めかしさがある一方で、大宮という街の規模もあって、昼間から人の流れが途切れにくい場所として受け止められているようです。店の入れ替わりと、残っている街の骨格この商店街は、再開発や地価、家賃の変化の影響を受けて、店の入れ替わりが進んできたのではないかという見方もあります。実際、入力テキストでは、個人経営の店はほぼ見られず、チェーン店が多いという印象が挙げられています。それでも、アーケードそのものが持つ街の骨格は残っていて、古い商店街らしい細い通りの感覚や、並ぶ店先の連なりが、通りの記憶を今に伝えているようです。新旧の店が同居しているというより、時代の変化の中で入れ替わりながら、商店街としての形だけが静かに続いている、という見え方に近いかもしれません。昼間から人が行き交う通りレビューでは、「昼間から一杯」という印象や、歩きながら缶チューハイを飲んでいる人と何度もすれ違ったという記述もありました。こうした場面からは、整った観光地というより、日常の延長にある街角としての顔がうかがえます。また、アーケード街の中には飲食店が多く、昼間でもそれなりに人の気配があるとされています。見た目には古さが目立っても、食事や軽く一杯を求める人の流れがあり、通りの空気を支えているようです。八百屋や飲食店が見せる、日常の断片入力の中では、八百屋さんの苺が安くて気になる、という具体的な声もありました。商店街の印象は、こうした何気ない店先の一品からも形づくられています。派手な名物ではなくても、日々の買い物や食事の場面が積み重なって、街の表情になっていることが伝わってきます。食べログのまとめでは、大宮一番街商店街の周辺にある店として、牡蠣料理の店、喫茶店、イタリアン、オムライスの店、丼ものやカレーの店、ラーメン店、カフェバーなどが紹介されていました。いずれも、商店街の中や近くで、それぞれに異なる使われ方をしている様子が見えてきます。大宮らしい一番街を支える取り組み検索情報では、「おおみやストリートテラス@一番街」という社会実験も紹介されていました。これは、大宮一番街商店街の両軒先1mに屋外テラス席や物販ワゴンなどを設置し、コロナ禍で影響を受けた地元事業者を支援しながら、新しい日常のかたちを探る取り組みです。2020年8月1日から始まり、2021年7月31日まで実施予定と案内されていました。変わりゆく大宮駅前の一角を舞台に、商店街の通りをどう使っていくかを考える動きがあったことは、この場所が単なる通過点ではなく、地域の実験の場でもあったことを示しています。古さと現在が重なる街角として大宮駅東口の一番街商店街は、きらびやかな商業地というより、古いアーケードの輪郭を残しながら、チェーン店や飲食店が日々の流れを作っている通りです。人によっては、昭和の匂いが強く残る場所として受け止められ、また別の人には、昼間から立ち寄れる飲食の通りとして映るでしょう。見どころを並べて消費するタイプの場所ではありませんが、歩いてみると、店の並びや通りの空気、すれ違う人の様子に、その街のいまがにじんでいます。大宮という都市の中で、こうした古いアーケードが残っていること自体が、街の時間の重なりを感じさせます。

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2026/08/30
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今市商店街

今市商店街について大阪市旭区にある今市商店街は、「懐かしい街、古き良き下町ならではの人情の厚い商店街」と案内されている商店街です。京阪本線の京阪千林駅や、大阪メトロ谷町線・今里筋線の太子橋今市駅、千林大宮駅が最寄りとされ、千林商店街からつながる流れの中にあります。商店街の案内図を見ると、国道1号線の近くにアーケード入口があり、周辺には食品店、服飾店、薬局、整骨院、理美容、建築や不動産、介護、教室など、暮らしに関わる店が並んでいます。買い物のための通りであると同時に、日常の用事をまとめて済ませるための場所として使われてきた様子がうかがえます。通りに見える現在の姿寄せられた声には、「店舗はだんだん減ってる」「今はシャッター商店街になりつつあります」といった記述があり、全体としては店の数が減ってきた印象もあるようです。一方で、「皆さん優しくて、いい商店街」「行きやすいし自転車でも入れます」といった声もあり、通りそのものは日々の往来を受け止めながら続いています。こうした言葉からは、にぎわい一色ではない、少し静かな時間帯もある街の姿が浮かびます。子どもの頃から通っているという声もあり、地域の生活路として長く使われてきたことが感じられます。店舗構成と日常の用事今市商店街の店舗一覧には、鮮魚店、青果店、精肉店、キムチ工房、焼肉店、カレー店、焼き鳥・からあげ店、クレープ店、パンや焼菓子に関わる店のほか、文具店、花屋、靴や衣料、ヘアーサロン、薬局、鍼灸整骨院、歯科、教室、保険、リフォーム、カギ修理などが見られます。たとえば、くだもの店善、成田水産、焼肉マルサ、ライオンカレー、NISHINA文具、そうごう薬局千林店、小金家などが一覧にあり、食料品から生活サービスまで幅広く支える構成です。大規模な商業施設というより、個店が並んで地域の細かな用事に応える商店街としてまとまっています。アーケードとまち歩きの感触商店街の案内では、自転車での走行は控え、近くの駐輪場を利用するよう呼びかけています。また、車両侵入は危険として案内され、専用駐車場はないとされています。こうした注意書きからも、通りは車中心ではなく、人が歩くことを前提にした空間であることがわかります。写真や地図に見える店舗の並びには、古くからの商店街らしい密度があります。飲食店や生活店の看板が連なり、途中に住宅やマンション、事務所、医院、公園なども入り交じっています。商店街の外側には国道1号線があり、通りの内部は地域の日常に寄り添う、やや落ち着いた時間が流れているようです。受け継がれてきた商店街として今市商店街は、華やかな観光地として語られる場所というより、買い物、通院、散歩、通学や通勤の途中に重なってきた地域の通りです。レビューにある「子どもの時から通る道」という言葉は、その積み重なった時間をよく表しています。店舗数の変化やシャッターの増加が気にかかる一方で、商店街の案内には今も複数の店が掲載され、振興組合も情報発信を続けています。静かになった区画と営業を続ける店が同じ通りにある、その混ざり合い方こそが今市商店街の現在地なのかもしれません。アクセスの目安最寄り駅として、京阪本線の京阪千林駅、京阪滝井駅、大阪メトロ谷町線の千林大宮駅、太子橋今市駅、今里筋線の太子橋今市駅が案内されています。千林商店街から北へ進むルートや、国道1号線側からの入口が示されており、周辺の商店街や大通りとつながる位置にあります。今市商店街は、今も暮らしの中で使われる通りとして、日々の買い物と街の記憶をつないでいます。

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2026/08/30
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長栄市場

長栄市場とは兵庫県尼崎市にある長栄市場は、1959年に開設された歴史ある市場です。開設当初は、肉屋、魚屋、八百屋など20店以上の個人商店が区分所有する形で営業し、地域の生活に密着した商業の中心地として機能していました。尼崎の市場や商店街をめぐる文脈の中でも、長栄市場は、駅の近くに残る市場型商店街として語られることの多い場所です。SNS上でも取り上げられており、尼崎駅が最寄り駅として紹介されています。かつてのにぎわいと、時代の変化市場や商店街を中心とする商業集積は、かつては日々の買い物を支える場として大きな役割を果たしていました。長栄市場もその一つで、複数の個人商店が並ぶことで、食料品を中心に地域の暮らしを支えてきたようです。一方で、時代の変化とともに、こうした商業集積形態は現代の消費行動に対応する機能が低下しているとも指摘されています。店舗の種類や取り扱う品目が十分に揃っていないこと、集積地としてのメリットを活かしきれていないことなどが課題として挙げられています。実際に、近年の記録では、入口の酒屋を除き、ほとんどの店舗が営業を終えたという記述も見られます。現地の様子は時間帯や時期によって大きく変わる可能性がありますが、少なくとも現在の長栄市場が、かつてのような商業のまとまりをそのまま保っているわけではないことがうかがえます。市場に残る静かな気配市場のような空間は、店が並んでいることそのものだけでなく、看板や通路、奥行きのある構造、入口のたたずまいによっても印象が形づくられます。長栄市場についても、現在の詳細な営業状況は多く語られていないものの、古い市場らしい空気を伝える記録が残っています。たとえば、夕方の時間帯には営業しているのが酒屋のみだったという記録があり、特売日の看板や、使われていないように見える備品が場の記憶をとどめていたことも伝えられています。こうした要素は、今も残る市場の静かな表情として受け止められます。にぎわいを前提にした商業施設というより、昭和の市場風景をそのまま引き継いだような場所として見えてくる部分があり、そこに積み重なった時間が感じられます。尼崎の市場風景の一部として長栄市場は、尼崎に数多く残る市場型商店街の一つとして紹介されています。近隣には杭瀬市場や太平市場などもあり、尼崎という街がかつて市場文化を色濃く持っていたことを物語っています。尼崎は工業地帯や下町のイメージと結びつけて語られることもありますが、そうした街の性格と市場の存在は、どこか自然につながっています。駅から歩いてたどれる距離に、個人商店が並ぶ市場があり、日常の買い物と街の記憶が重なっていた時代があったことを、長栄市場は今に伝えています。訪れる前に現在の営業店舗や市場全体の状況については、公開情報が限られています。訪問を考える場合は、現地の最新の状況を確認してから向かうとよいでしょう。長栄市場は、単に「営業している場所」としてだけではなく、尼崎の市場文化や昭和の商店街風景を読み取る手がかりとして見ると、より印象に残る場所です。派手さはなくても、街の時間が静かに積もった場所として、その姿が記憶に残ります。

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2026/08/30
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南店街

大和駅周辺に残る商店街の一角神奈川県大和市の大和駅周辺には、複数の商店会が集まり、駅のまわりに細かな通りの表情をつくっています。そのひとつが、駅南口側にある「南店街共栄会」です。今回の記録では、その一角にあるとんかつ店「かつてい」を取り上げます。大和駅は相鉄線と小田急線が交わる駅で、周辺には古くからの商店が今も残っていると紹介されています。駅前の商店街というとにぎやかな通りを思い浮かべがちですが、ここでは、営業している店とシャッターの閉まった区画が混じる、少し静かな昼の顔が印象に残ります。南店街の通路にあるとんかつ屋「かつてい」があるのは、南店街入口の近くです。同じ経営の「かつてい弁当」が入口脇にあり、その先に定食の看板が見えます。店は薄暗い通路の中ほどにあり、初めて訪れる人には、ここにとんかつ屋があるとは気づきにくいかもしれません。周囲は昭和の雰囲気が残る一角とされ、営業しているのは「ホルモン工業」と「かつてい」だけだったと記録されています。通りの奥に暖簾がかかり、店が開いている気配がある一方で、周辺には閉じたシャッターも並びます。こうした混在した景色が、駅前の一角に積み重なった時間を感じさせます。店内の様子と定食メニュー店内は狭く、カウンター席とテーブル席が2卓というつくりです。入店すると、真面目そうなご主人と女将が迎えてくれたとあります。カウンター越しに熱いお茶、ゴマ、漬物が出され、メニューには「すりごまで食べるとんかつの店」と書かれていたそうです。この日は、定食看板で気になった「ロースかつ定食」を注文しています。ほかにも、本日特売として「ビックメンチかつ600円」という表示があったようですが、まずは定番のロースかつを選んだ流れです。店の外の入りにくさとは対照的に、中はこぢんまりと落ち着いた食事の場として機能していることが伝わります。ロースかつ定食の記録しばらくして供されたロースかつ定食は、ボリュームのある一皿だったようです。大きめのロースかつに、たっぷりの千切りキャベツ、付け合わせのポテトサラダが添えられています。味噌汁は濃いめで、ワカメと豆腐が入っていたとのことです。食べ方としては、すりゴマを用意し、ソースをかけ、さらに大きな短冊切りのレモンをたっぷり絞っていただいています。ロースかつは柔らかく、脂身がほどよく入っていると記されています。衣は細かく薄めで、ゴマの香ばしさが全体に合っていたようです。付け合わせのポテトサラダは手作り感のある素朴な味わい、漬物は珍しく奈良漬けだったとあります。ご飯のお替わりもできるようでしたが、キャベツの量も多く、十分に満腹になったとまとめられています。昭和39年から続く店の歩み「かつてい」は創業が昭和39年で、平成3年にとんかつ店へ変更したと記されています。長くこの場所で営業を続けてきたことが、南店街の風景と重なって見えてきます。駅前の商業地でありながら、看板や通路の構えに昔の面影が残るのは、こうした店の積み重ねによるものなのかもしれません。この記録では、ロースかつ定食780円が紹介され、次回はカツ丼600円も試してみたいという言葉で締めくくられていました。大和駅周辺の商店街を歩くとき、華やかな駅前の印象だけでなく、南店街のような通路型の一角に、今も続く食事処があることを思い出させる一軒です。

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2026/08/29
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高砂センター街

高砂駅から歩いてたどる、昭和の気配が残る商店街兵庫県高砂市にある「高砂銀座商店街」と「高砂センター街」は、昭和レトロな空気を色濃く残す商店街です。山陽電鉄の高砂駅から南へ歩いて10分ほどで、本町商店街に面した入口が見えてきます。レビューにもあるように、駅からの距離はそれほど遠くないものの、一度通り過ぎると気づきにくいこともあるようで、街の中に静かに溶け込んだ存在です。アーケードの屋根は経年を感じさせ、風に揺れる提灯や古い看板が、今も残る商店街の時間を伝えています。レトロ商店街として知られるのも納得できる、落ち着いた佇まいです。銀座商店街とセンター街のつながり高砂銀座商店街は、約200mほどの短い商店街です。ただし中央付近で別の通りが北へ伸びており、全体としてはT字型の構成になっています。この北へ延びる区画が高砂センター街です。入口からアーケードに入ると、現役で営業している店が比較的多く見られる一方で、閉まった区画や静かな一角も混ざっています。そのため、ただ古いだけではなく、今も商いが続く区画と、時間が止まったように見える場所が同居している印象があります。商店街の記録として歩くと、その混ざり方自体がこの場所の個性になっているように感じられます。古い商家の面影と、今の使われ方商店街の中には、古い商家をリノベーションしたように見える飲食店や、模型やミニ四駆を扱う店もあり、昔ながらの商店街の中に少し意外な風景が差し込んでいます。レビューでは、古い模型やミニ四駆がそろっていたという声もあり、子どもの遊び道具が並ぶ店先には、懐かしさがにじみます。こうした店の並びを見ると、単なるノスタルジーの展示ではなく、実際の暮らしと商いの場として続いてきたことが伝わってきます。新しいカフェが一軒、通りに表情を添えていたという記述もあり、古い景観の中に少しずつ現在の要素が入り込んでいます。花街の記憶を残す周辺の風景この一帯には、かつて遊郭やお茶屋があったとされ、商店街のまわりにはその名残が点在しています。センター街の北側入口付近から少し西へ進むと稲荷神社があり、そこにはかつての次郎助町を紹介する案内板が立っています。玉垣には「高砂藝妓組合事務所」や「高砂料理屋組合」と読めるものが残されており、かつて花街だった時代の痕跡が今も観察できます。格子窓の建物が旧妓楼だったという記述もあり、この商店街がただの昭和レトロではなく、港町の歴史や歓楽街の記憶を背負った場所であることがうかがえます。梅ヶ枝湯の重ねてきた時間稲荷神社からさらに西へ進むと、昭和18年に開業した老舗銭湯「梅ヶ枝湯」があります。黒ずんだ木材が目を引く裏側の姿も印象的で、長い年月を経た建物らしい落ち着きがあります。外観だけでも歴史の厚みが感じられ、実際に訪れた人からは、期待を裏切らない空間だったという感想も寄せられていました。商店街の散策の途中で、こうした銭湯が静かに立っていると、今も生活の場として街が機能していることが伝わってきます。旧国鉄高砂駅跡と、街の変化梅ヶ枝湯の先には、かつて国鉄高砂線の高砂駅があった場所があります。昭和59年まで使われていたとされ、現在は当時の駅の面影を感じさせるロータリーが残っています。商店街のすぐ近くに鉄道の終点があったという事実は、この街がかつてどのように人と物を受け入れていたのかを想像させます。その旧駅跡の目の前が、銀座商店街の反対側の入口になっているという並びも印象的です。商店街、旧駅跡、古い建物が近接し、街の履歴が歩いてつながっていくような感覚があります。高砂通運旧本社屋と、今も残る街の核商店街の入口付近では、昭和14年に建てられた「高砂通運旧本社屋」も目を引きます。現在は2階が資料館になっており、登録有形文化財でもあります。アーケードの渋さとはまた違う、端正な近代建築の存在が、商店街の風景に奥行きを与えています。銀座商店街とセンター街の結節点では、近年閉店した角地のパン屋も記憶に残る場所として語られていました。商店街の中には、長く続いた店の気配と、入れ替わっていく店の動きが同時にあります。その変化もまた、街の現在を示す一部です。まとめ高砂の銀座商店街とセンター街は、派手さよりも、積み重なった時間そのものを歩く場所です。アーケードの傷み、古い建物、花街の名残、銭湯、旧駅跡が近い範囲にまとまっていて、短い距離の中に高砂らしい歴史の層が感じられます。現役の店がすべてではないものの、古さをそのまま見せるだけでなく、今も営業が続く区画や新しい店が差し込むことで、商店街としての現在も見えてきます。昭和レトロな商店街を記録として歩きたいとき、高砂のこの一帯は印象に残る通りです。

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2026/08/29
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神宮前商店街

熱田神宮へ向かう前に通る商店街熱田神宮へ向かう途中で立ち寄った、熱田神宮前商店街の記録です。駅前に広がるこの一角は、かつては商店が連なっていた気配を残しながら、今はシャッターの閉まった区画と、営業を続ける店が混在していました。歩いてみると、いわゆる観光地のにぎやかな表情とは少し違い、日常の時間がゆっくり重なってきたような空気があります。元旦の参拝客を意識してか、一部の飲食店は開けられていたという声もあり、通り全体が完全に止まっているわけではありませんでした。シャッターの向こうに残る街の景色印象的だったのは、シャッターが閉まっていても、建物そのものが街の記憶を伝えているように見えたことです。昭和レトロな雰囲気の建物が並び、古い看板もところどころに残っていました。今ではあまり見かけないような外観が続く場面もあり、ただの「さびれた商店街」として片づけるには惜しい景色です。商店街の表情は一様ではなく、閉まったままの店の隣で、リフォームされた店が営業している姿も見られたようです。新しい店が入っている区画もあり、古さだけでまとまっているわけではありません。そうした混ざり方が、この通りの独特な印象につながっていました。残された看板や建物がつくるレトロ感この商店街では、看板や外壁、アーケードのつくる陰影が、街の時間をそのまま残しているように感じられます。整然とした再開発エリアとは違い、少しずつ形を変えながら続いてきた商店街らしい面影があります。懐古趣味の人にとっては、こうした「今では少なくなった景色」がそのまま見どころになります。にぎやかさを求める場所というより、昔の駅前や商店街の記憶をたどる場所として見ると、街の輪郭がよりはっきりしてきます。営業している店と、静かな区画が並ぶ現在実際に歩くと、すべてが閉じているわけではなく、和菓子屋やパン屋、パブ、レトロな焼きそば屋など、気になる店がいくつか目に入ったという声もあります。入店した店は限られていても、外から見るだけで「入りたい」と思わせる店が残っているのは、この商店街ならではの面白さかもしれません。一方で、シャッターの目立つ区画も多く、現在の姿は静かです。だからこそ、営業している店の存在が街並みの中で際立って見えます。閉じた店と開いた店が同じ通りに並ぶことで、過去と現在が同時に見えるような感覚がありました。熱田神宮の周辺にある駅前の商店街熱田神宮前商店街は、その名の通り熱田神宮の東にある商店街で、熱田神宮へ向かう人の流れとつながっています。公式サイトでは「人にやさしく、あたたかい」商店街とうたわれており、神宮前の街並みのなかで役割を担ってきたことがうかがえます。近年は、熱田神宮エリアの新たな商業施設「あつたnagAya」が開業し、周辺の表情も少しずつ変わっています。そうした新しい動きの一方で、こちらの商店街には、駅前の記憶や昔ながらの建物が今も残っていました。新旧が近い距離で並ぶことで、熱田という街の層の厚さが見えてくるようです。いま歩くからこそ見える街角熱田神宮前商店街は、派手な見せ場が連続する場所ではありませんが、街角の記録として見ると印象に残る通りです。シャッターの閉じた店の向こうに、かつての繁華街らしさがにじみ、古い看板やレトロな建物が、今の静けさと重なっていました。すべてが整えられた観光地ではなく、時間の流れがそのまま残る駅前の商店街。そうした場所を歩くと、街が積み重ねてきた生活の気配が、建物や看板のひとつひとつから伝わってきます。

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