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2026/08/24
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二宮商店街

三宮から少し歩いた先にある商店街神戸市中央区琴ノ緒町にある二宮商店街は、JR三ノ宮駅や阪急・阪神神戸三宮駅、神戸市営地下鉄三宮駅が最寄りの商店街です。JR三ノ宮駅東口から北へ進むとアーケードの商店街が現れ、三宮の中心部から徒歩圏にありながら、空気の色が少し変わるような場所として紹介されています。三宮の華やかな通りから近い一方で、ここには下町らしい落ち着きが残っています。商店街のまわりには二宮市場や二宮筋商店街も隣接していて、ひとつの商業エリアとして歩ける距離感があります。昔ながらの商店街に残る今の姿訪れた人の記録では、二宮商店街は「タイムスリップしたような不思議な雰囲気」と表現されています。2013年ごろに初めて訪れてから、新しい店が増えたものの、全体の雰囲気は大きく変わっていないという声もありました。商店街の時間がゆっくり重なっているような印象があります。一方で、にぎやかさが前面に出るタイプの商店街ではなく、静かな区画も目立つようです。営業している店と、閉じたままの店が混ざって見えることもあり、街の現在地をそのまま映しているような景色があります。居酒屋や寿司屋、専門店が並ぶ通り神戸市商店街連合会の紹介では、二宮商店街にはプロ御用達の専門店や、ここ数年で新たに出店した飲食店があるとされています。実際の口コミでも、居酒屋や寿司屋が構えられていることが触れられていました。散歩の途中で気になる店がいくつか見つかる、という感覚で歩かれているのも印象的です。整然とした観光地というより、店の看板や入口をひとつずつ見ながら進む、街角らしい歩き方が似合う商店街です。二宮市場や周辺の商店街とつながる場所二宮商店街の周辺には二宮市場があり、さらに二宮センター街もこの地域に含まれます。フラワーロードを東に進むと二宮センター街が見つかると案内されていて、三宮の中心から少し外れた場所に、複数の商店の集まりが続いています。こうした並び方を見ると、二宮商店街は単独の通りというより、周辺の市場や別の商店街とつながりながら、生活圏の一部として息づいてきた場所だと感じられます。華やかな中心街のすぐ近くに、少し渋さのある街並みが残っているのも、このエリアならではです。歩くことで見えてくる街の記録二宮商店街については、栄えているとまでは言えないものの、三宮の近くにありながら独特の空気を持つ場所として受け止められています。毎年神戸に来るたびに立ち寄ってしまうという声があるのも、派手さではない引力があるからかもしれません。商店街の姿は、時期や訪れる時間によって見え方が変わりそうです。にぎわいを追いかけるより、アーケードの連なりや店の並び、少し古びた看板や通りの奥行きを眺めながら歩くと、この場所の輪郭がよく見えてきます。三宮からほど近いのに、街の速度が少しゆるむ。そんな二宮商店街は、神戸の中心部を歩いたあとに、もう一歩だけ街の記憶をたどりたくなるような商店街です。

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2026/08/24
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大日商店街

大日商店街とは神戸市中央区、阪急春日野道駅の北東にある大日商店街は、東西におよそ300メートルほどのアーケードが続く商店街です。かつては大日通6丁目から4丁目まで商店街が連なっていたとされ、いまもその名残を感じさせる区画が残っています。周辺を歩くと、営業している店が点々と続く一方で、マンションや新築の戸建てが増え、商店街というより住宅地の景色に近づいていることが分かります。アーケードの下には古い看板や店名表示が残り、街の時間がそのまま置かれているようでした。アーケードに残る商店街の表情大日商店街の印象を一言でいえば、明るさと静けさが同居する街角です。かつては賑わいの記憶を支えたアーケードが、いまは街の骨組みのように残っています。日中は人通りが少なく、歩いていると周囲の音がよく聞こえるほどですが、その静けさがかえってレトロな雰囲気を際立たせています。一方で、夜に歩くと薄暗さが目立つ場面もあり、街灯や蛍光灯の点き方ひとつでも印象が変わります。2024年には4丁目と5丁目のアーケードが解体され、街並みの見え方も大きく変わりました。残る区画では、アーケードの下にかつての商店街らしさをとどめる看板や装飾が見られます。店舗と住居が混ざる現在の姿現在の大日商店街では、営業を続ける店舗と、住宅へ変わった区画が入り混じっています。店名看板だけが残る建物もあり、そこに以前どのような店があったのかを想像させます。肉店、青果店、靴店、喫茶店、漬物店など、看板からはかつての商店街の顔ぶれが読み取れます。たとえば「三木青果店」「まるしん靴店」「大日カメラ」「五月食堂」「喫茶リリー」などの名前が見られ、現在は商いの場から別の用途へ変わった建物もあります。店の入れ替わりや建物の更新が進みながらも、昔の看板がふと目に入ることで、この道が商店街として積み重ねてきた時間を感じることができます。肉の店が並ぶ商店街大日商店街を歩いていて目を引くのが、肉関連の店の多さです。焼豚、焼き鳥、精肉、神戸牛など、店名看板を追っていくと、短い区間に肉の店がいくつも並んでいます。入力テキストでは、11店舗ほど確認されたという記録もあり、商店街の個性のひとつになっています。かつてこのあたりは、工場で働く人たちの台所として機能していた時代がありました。そうした背景を思うと、肉や惣菜の店が多かったことにも、街の生活に寄り添う理由があったのだろうと感じられます。町の記憶を伝える看板や催し商店街のあちこちには、街の記憶をつなぐ看板や掲示が残っています。「だいにち元気合衆国」「筒井舞」「民話の里 ふきあい」などの言葉は、単なる商いの場を越えて、地域の伝承や催しを受け止めてきた商店街の姿を伝えています。大日六商店街では、過去に「大日ろくろっく市」「交わすハローに福来る」「ワケアリ大作戦」「大日ろくろっくナイト」などのイベントが行われてきました。2022年以降も催しが再開され、地域の人が集まる場としての役割を保っているようです。また、商店街内の「リリー」は、いまは「大日つどいの場」として使われています。高齢者が気軽に立ち寄れる居場所として月2回開かれているという記録もあり、商店街が買い物の場から地域の居場所へ役割を広げていることが分かります。変わりゆく街角を歩く大日商店街は、かつての賑わいをそのまま残す場所ではありません。店が減り、住宅が増え、アーケードの一部は解体されました。それでも、残された看板や蛍光灯、壁面の文字、イベントの掲示からは、この街角がただ寂れていくだけの場所ではないことが伝わってきます。春日野道駅に近く、少し西へ行けば三宮の郊外に出るという立地も、この商店街の性格を形づくっています。都心に近い場所にありながら、どこか生活の匂いが濃く、レトロな空気が静かに残る。そんな大日商店街は、神戸の街の変化を身近に映す記録のような場所でした。

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2026/08/24
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松山銀天街

松山市中心部に続くアーケード街松山市の中心部にある銀天街は、松山市駅から大街道の商店街へとつながる、長さ約600mのアーケード商店街です。天候を気にせず歩ける通りとして知られ、雨の日でも散策しやすいのが特徴です。松山中心地の動線のひとつとして、買い物客だけでなく、街歩きを目的に立ち寄る人の姿も見られます。通りを歩くと、ファッション、雑貨、飲食店などが並び、商店街としての幅の広さが感じられます。昔からの店と新しい店が混ざっている様子もあり、街が積み重ねてきた時間と、今の商いが同じ通りの中で重なっています。店舗が並ぶ通りと、ところどころに残る静けさ銀天街は、にぎやかな印象のある一方で、歩く時間帯によっては落ち着いた空気も感じられる商店街です。レビューでは「必要以上に騒がしいこともない」といった声や、「夕方でも人影がまばらだった」という記録もあり、時間や日にちによって通りの表情が変わることがうかがえます。また、空き店舗の多さや、テナント募集の掲示が目についたという感想もあり、華やかな商店街の印象の裏側に、変化の途中にある姿もうかがえます。アーケードの明るさや通りの広がりがある一方で、街の新陳代謝をどう続けていくかという課題も、歩いていると自然に見えてきます。食べ歩きや寄り道がしやすい通り銀天街には、地元の名産品や手作りのお菓子を扱う店が点在しているという声があり、歩きながら少しずつ店をのぞいて回る楽しさがあります。カフェが多いという印象を持った人もいて、買い物だけでなく、休憩や小さな寄り道を挟みながら過ごしやすい通りとして受け止められているようです。商店街の中では、ふと足を止めたくなる個性的な店に出会うこともあります。たとえば、公式サイトの店舗紹介には、お茶の柴田園のような専門店や、休憩・トイレ・授乳室・ベビーカー貸し出しなどに対応する「きらりん」の案内も見られます。商店街の中に、買い物の場だけでなく、立ち止まるための機能が組み込まれている点も、この通りの歩きやすさにつながっています。松山城へ向かう街歩きの起点にも銀天街は、大街道へと連なり、さらに松山城方面へ歩いていく導線の一部にもなっています。商店街を抜けながら市内の空気を感じて歩く、そんな移動のしかたができるのも、この通りならではです。観光で訪れた人にとっても、松山中心部の街のつながりをたどる入口のような存在になっています。通路上には、銀天街やその周辺の歴史について書かれた床面の案内があるという記録もあり、歩きながら街の記憶に触れられる場面もあります。買い物の通りであると同時に、地域の歩みを見せる場としても機能しているようです。地元の日常と外からの目線が重なる場所銀天街は、地元の人が日常の買い物に使う商店街でありながら、観光の途中で立ち寄る人にも受け入れられている通りです。レビューの中には、店の方が気さくに声をかけてくれた、地域の食べ物を教えてくれたという感想もあり、初めて歩く人でも入りやすい空気が感じられます。一方で、シャッターが目立つという見方もあり、かつての賑わいを知る人ほど、今の変化を強く受け止めることもあるようです。それでも、松山市駅に近い中心街として、古い店、新しい店、休憩できる場所、通りの歴史が同居する銀天街は、松山の現在を映す商店街のひとつといえます。まとめ銀天街は、松山市中心部を東西に貫くアーケード商店街として、日常の買い物と街歩きの両方を受け止めている通りです。大街道や松山城方面へのつながり、食べ歩きのしやすさ、歴史の案内が点在する景色など、歩くほどに街の輪郭が見えてきます。にぎわいと静けさ、古さと新しさが同じ道筋に並ぶ銀天街は、松山の中心市街地を知るうえで、今の姿をそのまま感じられる場所です。

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2026/08/23
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吉田いちび通り

吉田いちび通り商店街にできた、新しい役割の場所新潟県燕市・吉田地区の「吉田いちび通り商店街」に、カフェ「Toko Toko」があります。JR吉田駅から徒歩5分ほどの場所で、吉田旭町一丁目商店街と上町商店街が続く通りの一角です。この商店街は、かつて商人の街として栄え、今井邸や料亭街など、街の記憶を伝える景色が今も残っています。一方で、現在は営業する店が限られ、静かな区画も混じる通りになっています。そんな中で「Toko Toko」は、空き店舗をリノベーションして生まれた場所として、街の中に新しい役割を持ち込んでいます。Uターンから始まった商店街との関わり店をつくったのは、建築設計士の蓮沼知大さんです。燕市吉田で生まれ育ち、新潟市内で働いたのち、40代で独立したタイミングで地元へUターンしました。戻ってきたときに、近所の人が「蓮沼さんの子だよね?」と声をかけてくれることや、家族ごと地域に受け入れられる感覚に、あらためて吉田の温かさを感じたそうです。その後、空き店舗を探し、たまたま見つかった物件を使って「ヨシダリノベーションプロジェクト」を始めました。最初は呉服店の倉庫だった建物を、周囲の協力を得ながら少しずつ手を入れ、2019年4月に「Toko Toko」として開いています。カフェを起点に、人が出会う商店街へ「Toko Toko」は、コーヒーや焼き菓子を出すカフェであり、地元ハンドメイド作家のアクセサリーなども並ぶ場所です。2階は使わず、まずは1階を中心に始めたそうです。蓮沼さんがこの店に込めたのは、「人とまちをつなぐ」という考え方でした。新しく店を出したい人が、いきなり商店街で独立するのは不安も大きい。その前に、Toko Tokoを使ってプレ営業や社会実験をしたり、間借りで活動したりできるようにして、少しずつ地域との接点をつくる場にしています。ノマドスペースとして使われることもあり、ハンドメイド、ヨガ、お花のワークショップが開かれることもあるそうです。カフェという形にとどまらず、商店街に入る前の「ひと呼吸置ける場所」のような役割を担っているのが印象的です。1と6の日に開く「トコマルシェ」吉田いちび通り商店街では、1日と6日に朝市が続いています。そこに合わせて「Toko Toko」では「トコマルシェ」も開かれています。キッチンカーの出店や、雑貨、ハンドメイドの展示販売などが行われ、商店街に足を運ぶきっかけをつくっています。2021年11月には、音楽とアートをテーマにした回も開かれ、DJブースから音楽を流しながら、雑貨やコーヒー、写真や絵画を楽しむ場になっていました。最初は「こんなところでやっても人は来ない」と言われたこともあったそうですが、実際には多くの人が集まり、商店街の側もその様子を見て受け止め方が変わっていったといいます。商店街の現在と、そばに残る店や風景蓮沼さんの話の中には、Toko Tokoの周辺で続いている店もいくつか登場します。目の前の「嘉平豆腐店」は、明治初期創業で現在は6代目。地元の大豆を使った豆腐を扱い、季節によって「肴豆のおぼろ豆腐」や「船越豆の豆腐」などが並びます。裏手には、蔵をリノベーションした「Watanabe Garden 蔵」があり、ハーブガーデンで採れた素材を使ったジャムやお酢、アロマなどをつくっています。日によってはポシャギ教室やリース教室も開かれているそうです。ほかにも、店内にお茶飲み場がある婦人服屋「ぺぺ」や、「吉田のドン・キホーテ」と呼ばれる「竹福」など、個性のある店が点在しています。商店街全体を見渡すと、昔ながらの店と、今の暮らしに合わせて使い方を広げる店が同じ通りに並んでいる様子が見えてきます。いまの吉田を歩くと見えてくるもの商店街の外にも、吉田には散策の手がかりが残っています。吉田諏訪神社や吉田天満宮のような神社仏閣、今井邸のような街の象徴的な建物、そして「今彦」や「米納津屋」といった歴史ある名店です。飲食では、洋食の店として挙げられた「BISTRO NAOMI」「K.STYLE」「カンパーニュ」のほか、燕三条背脂ラーメンも地域の味として知られています。吉田は、日常生活に必要なものが市内でひと通りそろう一方で、かつてのにぎわいをそのまま取り戻したわけではありません。その距離感も含めて、今の街の姿といえそうです。空き店舗から始まる、これからの商店街蓮沼さんは、まず店を続けながら、1年に1軒ずつでも新しい店を増やしたいと話しています。すでに空き家をいくつか預かり、地域に根差すプレイヤーを育てていく構想もあるそうです。そして、息子が大人になったときに「吉田を誇れる街」にしておきたいという思いも語られていました。Uターンした一人の建築設計士が、空き店舗を使って始めた小さなカフェは、いまや商店街の中で人と人をつなぐ拠点になりつつあります。吉田いちび通り商店街を歩くと、その変化の途中にある空気が、通りの風景とともに伝わってきます。

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2026/08/23
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高円寺パル商店街

高円寺駅前から続く屋根付きの通り高円寺のパル商店街は、高円寺駅南口からほど近い場所に広がるアーケード型の商店街です。ガラス屋根の下を歩けるため、雨の日でも足を止めずに通りやすいのが印象的です。駅前からそのままつながるように伸びていて、買い物の通り道としても、街歩きの入口としても使いやすい場所です。昼間だけでなく、夜遅くまで人通りがあるという声もあり、時間帯によって見え方が少し変わる商店街でもあります。歩く人の流れに合わせて、店先の明るさや通りの空気が少しずつ変わっていく様子も、この街角らしさのひとつです。古着店と個人商店が混ざる景色パル商店街の特徴としてよく挙がるのが、店の幅広さです。昔ながらのお店に加えて、古着屋、チョコレート専門店、ドラッグストア、ファミリーマートのような日常使いの店舗まで並び、通りごとに表情があります。小さな個人商店が続く一方で、大手チェーン店も入り、商店街としての層の厚さを感じさせます。高円寺といえば古着の街というイメージがありますが、その空気を支える通りのひとつとして、この商店街も語られることが多いようです。ブランド古着を扱う店もあり、掘り出し物を探す感覚で見て回れるのが、この界隈らしい楽しみ方です。ウィンドウショッピングをしながら、思いがけない品に出会う流れが自然に生まれます。雑多さがそのまま街の個性になっているパル商店街は、整いすぎていないところに高円寺らしさがあります。若者向けのカジュアルな店が多いという印象もあり、古着や雑貨、日用品が並ぶ景色には、少しカルチャー色の強い雰囲気があります。ヴィレッジヴァンガードのような個性のある店が入っていることも、通り全体の印象を形づくっているようです。「店舗が豊富」「アミューズメント施設のよう」といった感想が出るのも、ただ買い物をするだけでなく、歩きながら見て回ること自体がひとつの体験になっているからでしょう。目的を決めずに歩いても退屈しにくく、店の並びや看板を眺めているだけでも時間が過ぎていきます。高円寺の街をつなぐ通りとして商店街は、高円寺駅前のにぎわいと、周辺の路地や別の商店街をつなぐ存在でもあります。入力情報では、パル商店街を抜けると高円寺ルック商店街へ入る流れがあり、通りの連なりの中で街を歩けることがわかります。ひとつの商店街だけで完結するというより、周囲の通りと合わせて高円寺の街並みを形づくっている印象です。また、レビューでは高円寺が古着の街として定着してきた背景にも触れられていました。駅の高架化やその後の街の変化を経て、現在のような古着店の集積につながったという話もあり、今の通りのにぎわいの裏側には、街の変遷があります。そうした積み重ねを感じながら歩くと、パル商店街は単なる買い物の場というより、街の時間が残る通りとして見えてきます。ふらりと歩いてみたくなる商店街高円寺パル商店街は、特別な目的がなくても歩きやすい商店街です。雨の日に通り抜けるにも向いていて、買い物や外食の途中にふらっと立ち寄るのにも向いています。駅前から続くアーケードの下には、古着店や個性的な店、日常使いの店がほどよく混ざり、歩くたびに少しずつ印象が変わります。高円寺の街らしい雑多さやカルチャーの気配を、通りの中でそのまま受け止められる場所として、パル商店街は記憶に残りやすい商店街です。高円寺を歩くなら、駅前からこの屋根付きの通りをひと区切りとして見てみるのもよさそうです。

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2026/08/23
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サンライズなは商店街

サンライズなは商店街とは那覇市の中心部で、昭和の雰囲気を感じる商店街として知られるのがサンライズなは商店街です。もともとは新栄通り商店街として始まり、戦後の闇市を起点に那覇の復興を支えてきた場所として紹介されています。現在は「ふれあいの街」を掲げ、暮らしと商いが重なる通りとして、昔ながらの名残と新しい店が同じ街路に並んでいます。商店街の上には高いアーケードがかかり、長く続く通りにはどこかゆったりした空気があります。古くからの商店街らしい記憶を残しながら、今も日常の買い物や街歩きの途中に立ち寄る人の姿が思い浮かぶ場所です。どんな通りなのかサンライズなは商店街は、開南側から平和通り方面へとつながる約300メートルの通りとして紹介されています。市場中央通り、平和通り、えびす通り、浮島通り、壺屋神里通り、新天地本通り、太平通り、開南せせらぎ通り、開南本通り、開南中央通りなど、複数の通りと交差しており、周辺一帯とゆるやかにつながる構造です。まいぷれの紹介では、牧志第一公設市場から徒歩3分ほどの位置にあり、市場や壺屋地区、農連市場、公設市場へも歩いて行きやすい場所とされています。通りの半分ほどは坂道になっていて、那覇では少し珍しい景観も特徴のひとつです。商店街の入口付近からは、商いの流れと街の起伏がそのまま見えてくるようです。戦後の商業の記憶この通りは、戦後間もないころに人や物が集まる場所として育ってきました。開南のあたりは、南部から那覇の旧市街へ向かう人たちの玄関口のような役割を持っていたとされ、物々交換や露天商の集積から商店街のかたちが整っていったと伝えられています。1952年に「新栄通り会」として発足し、1976年には新栄通り商店街振興組合として法人化。1988年にはアーケードの設置やカラー舗装化が行われ、通り名も「サンライズなは」へと変わりました。こうした経緯から、単なる買い物の通りではなく、那覇の戦後復興とともに歩んだ街の記録として読むことができます。今の商店街に見えるもの現在のサンライズなは商店街には、昔から続く店と新しい店が混在しています。ホームページでは、泡盛の店、時計店、雑貨店、キャンドルの店、カフェ、レストランやバーなど、さまざまな店舗が紹介されています。ジャンルの幅が広く、同じ商店街の中でも通りごとに表情が少しずつ異なることがうかがえます。レビューでは、昭和ムードのアーケード商店街としての印象や、昔懐かしい名残、地域の温かさに触れる声が見られました。平和通り側には衣料品店が多いという話や、丸國マーケット周辺には舶来品や輸入品を扱う店が多いという紹介もあり、場所ごとの商いの積み重ねが今も残っているようです。毎月のサンライズマーケット商店街では、毎月第2日曜日に「サンライズマーケット」が開催されます。農産物、パン、スイーツ、クラフト、雑貨屋台、キッチンカーなどが並ぶマルシェで、沖縄らしい品々が集まる催しとして案内されています。ただし、開催内容が変更されることもあるようなので、訪れる前に確認しておくと安心です。定例のマーケットがあることで、商店街は日常の通りであると同時に、月ごとの小さなイベントの場にもなっています。変わりゆく街としてサンライズなは商店街は、かつて1日に2万人が行き来した時代があった一方で、大型店舗の増加や車社会の変化、郊外へのスーパーの出店などにより、周囲の商業環境とともに姿を変えてきました。それでも、アーケードの下には、戦後から続く時間の層や、地元の人にとっての生活の動線が今も残っています。那覇のまちぐゎーを歩くとき、国際通りだけでは見えない街の骨格が、この商店街には見えてきます。観光と生活、古さと新しさがほどよく重なる通りとして、サンライズなは商店街はこれからも那覇の街角の記憶をつないでいく場所なのだと思います。

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